INDIE MAGAZINE SEP. 2009 

translated by MAKIO 

あなたは40代になったらアンティークギター博物館を開いて学生に教えたりするんだとずっと思っていたんです。

ライアン:ジョニーはもう立派な自分のミュージアムを持っているし(ソルフォード大の)講師にもなったよ。

・・・そりゃああなたは私よりも彼を知っているんでしょうけど、ちょっと違う方から質問させて下さい。ジョニー、あなたはこんなにも長くミュージックビジネスに関わっていてうんざりしないのでしょうか。

ジョニー:僕はいつだってバンドに居たいんだ。神話学者のジョセフ・キャンベルも云ってるだろ、”至福を追い求めよ”ってさ。

それがあなたの求めるものならば、野望はなんですか?なにがあなたをそうさせるんですか?

ジョニー:僕には確固とした労働倫理があってね。アイルランドの労働階級の中で育ったんで活力ってものをとても尊重しているんだ。音楽は常に僕を突き動かし、僕はいつも次にどうするか、新曲でのギターアプローチをどうすべきか考えている。成功するかどうかなんてどうでもいいんだ。だってもう成功しているからさ。ソレに全く興味を失ったわけじゃないけど、身の丈にあった成功は収めたっていうことだよ。コールドプレイみたいな成功じゃなくってさ。今現在、なにが僕を突き動かすのかって云うと、この3人と居て、演奏して、オーディエンスを感動させたいっていう事で、僕はその瞬間のためだけに行動している。これは云わせてもらうけど、いくら僕がお金を持っていたって、それをバンドのために使えないなら裕福とは云えないんだ。

クリブスからオファーされたのでは?

ジョニー:違うよ。僕は当時モデストマウスとの仕事でポートランドに住んでいて、ライアンの兄弟であるギャリーとポートランドでのバーベキューで会ったんだ。イギリス人は僕と彼だけだったんで話し始めて。

ライアン:ギャリーはジョニーと友だちになったって云ってた。彼は僕らの音楽が大好きだって。僕らはグラストンバリーフェスで互いに紹介し合ったんだ。その後何度か授賞式っぽいので会って話し・・・授賞式なんて全然好きじゃないんだけど・・・まあそんなこんなでいくつか一緒に曲を作ろうってことになったんだ。あっという間にそのいくつかの曲が出来上がっちゃって、これは続けていくべきだって皆思ったんだ。

最初のモチベーションは連携姿勢だったわけですね。その時、実際バンドとして一緒にやっていけると思っていましたか?

ジョニー:僕がスミス以前から沢山のバンドに居て学んだ事は、自分の人生よりもバンドを優先させることが出来る人間を探すのは困難だってことだ。そうしろとは云わないけど、クリブスはそういったれんじゅうだったんだ。彼らと初めてプレイした時、確かに”バンドの声”がこう云ってたんだ。いいレコードをつくるチャンスだ、そのために今きみはバンドに在るってね。

まるで恋に落ちたみたいですね。しかしあなたはスミス以降もいくつかのバンドでプレイしましたよね。クリブスとの違いは何ですか?

ジョニー:ただバンドにいるってだけじゃどうしようもないよ。日々創造的な人間にならないとね。バンドはアーティスティックで創造的な集団であるべきだし、全てはその創造性への挑戦でもある。クリブスについて僕が観たところ・・・彼らの行動、所属するレコードレーベル、ステージ上での歩き方、機材のセッティング・・・全部知らなくてもいいけど・・・まあ、僕らはアンプの見た目なんかにも気を使っているわけ。

・・・あなたのアンプはどんなセッティングなんですか?

ジョニー:(ニッコリ笑って)マジで、マジでイカシテるよ(笑)。僕のはほんと、考えに考え抜かれたものさ。勿論、サウンドも最高なんだけど、更に格好良くしたいと思っている。もし”格好つけんなよ”とか云うやつが居たら僕は、”だって格好良いのが良いんだもん”としか云えないね。

クリブスと云えば兄弟バンドで、しかもギャリーとライアンは双子ですよね。馴染むのは困難だったのでは?

ジョニー:おっしゃる通りさ。その問題はあと4-5年も経てばうまく行くと思うよ。実際彼らは兄弟で、僕はずっとそれがどうした?って云い続けてきたけど、今じゃそりゃ僕以外は兄弟なんだから違いはあるよ(笑)。勉強不足だったね。ただひとつ、助けになったのは僕らは皆イギリスの北部出身ってことだな。ジャーマン兄弟はヨークシャー出身、僕はランカシャー。

ライアン:僕らのエリア出身者にはウィットや行動に特徴があるんだよね。ロンドンに越してきたらみんな北部出身者のドライっぷりに困惑してたけど、ジョニーは僕らと同じテンションだからね。

ジョニー:それにライアンはバンド・アニマルだから。全員バンド・アニマルなんだけど、それって全くもって大きな共通点だよ。

このアニマルズの両親であるミセスとミスター・ジャーマンにはお会いになったんですか?

ジョニー:会ったよ。彼らはとても素敵でしかもとても若いんだ。

ご両親はスミスのファンではなかったんですか?

ライアン:それがヘンでさ。ジョニーが有名人かなにかだって事しか知らないんで、冷静に、且つ暖かい歓迎ぶりだったよ。

ミスター・マーはもう家族の一員?

ジョニー:まさにそんな感じ。例えば、休暇にビーチへ行こうって時にさ、兄弟の誰かがプレイステーションに夢中で、お母さんはシャワーを浴びてて、っていう時にどうする?待つだろ?お互いに。これが家族ってものだけど、バンドだと勝手が違ってくる。モデストマウスでは、僕が空港へ向かおうとする時に誰かが電話中だったりなんかだとじゃあ現地集合ねってことになるんだけど、家族だったらお互いがお互いを待つだろ?レストランでは、例え誰かが腹ペコでも、25分遅れるやつが居たとしても、全員が揃うまでオーダーしないだろ?一ヶ月もしたら、それがクリブスだって解ったんだよ。兄弟は兄弟でいつも一緒が当たり前っていう中で、まあ僕も人付き合いは良い方なんだけど、たまには一人で行動する時間も重要と考えるわけで、そんな時はこう説明しないといけない。”いいかいきみたち!今晩僕は一緒に飲みに出かけられないんだよ。ここに残って本を読んでいるからね、じゃあね、さあ行っといで”とね。兄弟レベルをずっと続けていたら僕は心臓発作を起こすだろうね。

それはお歳の問題じゃ・・・

ジョニー:違う、そうじゃない・・・と云っておこうか。個人的価値観だよ。良く話すんだけど、ライアンのガールフレンドのケイト・ナッシュやギャリーの奥さんや僕の妻など、バンド周辺に居る彼女たちはまた彼女たちで、お互いに連絡を取り合ってる。これが100パーセント機能している稀なパターンだ。スミス時代、僕はバンドのような”家”が欲しかった。これが僕のバンドですって云えるようなね。その家の地下でレコードをこしらえて、床にはローディが寝てて、ドラッグをキメて。僕が住んでいた場所はスミスがスタートした場所、ツアーが始まってローディに会う場所、8週間後に別れる場所・・・僕はこういった全ての経験が出来てラッキーかも知れないけど、スミスが解散して20年後、今僕は友だちとレコードを作り、家族や、まだ10代の子供たちや妻もバンドに関わっていることを知った。バンドが”家”を作るんだ。若い頃は開け放たれたドアが欲しかったものだけど、歳を経ると個人はバンドと離れているのがベターだと学んで行った。でもクリブスがあれば、僕は自身の家に誰かを住まわせることは無いんだ。

一緒に歳を取って行くかのようですね。

ジョニー:クリブスはね、僕の最後のバンドなんだよ。

(updated May 11, 2010 MAKIO)


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